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読売ジャイアンツ
日本に現存する中で最も歴史の長いプロ野球球団で、東京都文京区にある東京ドームを本拠地とし、また、2軍(イースタン・リーグ所属)の本拠地は神奈川県川崎市多摩区にある読売ジャイアンツ球場。

1934年に大日本東京野球倶楽部が誕生し、日本のプロ野球の歴史が始まった。
メジャーリーグ(大リーグ)選抜軍が来日し、全日本軍と親善試合を行った際、メジャー選抜軍を招待した読売新聞社 社長正力松太郎氏にプロ野球球団結成を働きかけ、全日本軍の選手を中心に結成されたチームが、現読売ジャイアンツの前身になる。

ジャイアンツというニックネームは、翌年、第一次アメリカ遠征を行い、顧問でもあったフランク・オドールによってつけられた。
彼が所属していたニューヨーク・ジャイアンツにちなんでいる。

巨人軍を語る上で避けて通れないのが、何といっても1965年〜1973年のV9という快進撃だろう。
ONと呼ばれた王貞治と長島茂雄、堀内恒夫など日本プロ野球史を代表するスーパースターの活躍で、前人未到の日本シリーズ9連覇も成し遂げ、テレビ放映も相まって絶大な人気を博した。

1974年に「わが巨人軍は永久に不滅です」という名文句を残し、長島茂雄が引退。
1980年には王貞治が通算本塁打数868本の世界新記録を樹立。
これは、メジャーリーグのハンク・アーロンの755本を抜き、世界最高本塁打数記録である。
日本新記録となるシーズン本塁打55本を放つなど、その他数々の日本プロ野球記録を保持している。

1988年に日本初のドーム球場「東京ドーム」の完成に伴い、後楽園球場から本拠地を移転。
1993年に長嶋茂雄が監督に復帰。ドラフト会議で見事、松井秀喜(現アスレチックス)を引当て、翌年に中日からフリーエージェント権を行使して移籍した落合博満とともに、ジャイアンツの一時代を築いてゆく。
1994年、前半は投打ともに他チームを圧倒したが、夏以降にスタミナが切れ始め、最大10ゲーム差をつけていた2位の中日にシーズン終盤に追いつかれ、10月8日ナゴヤ球場で行われたシーズン最終戦が優勝決定戦となった。
「勝ったチームがリーグ優勝」というこの大一番は、巨人が継投で逃げ切り、中日を破りリーグ優勝を果たす。
続く日本シリーズでは、一度も倒せなかった西武ライオンズを4勝2敗で勝利し、18回目の日本一に輝いた。

1996年は、広島東洋カープに最大11.5ゲ−ム差をつけられるも、ペナントレース終盤までに見事跳ね返し、その年の流行語にもなった「メークドラマ」と呼ばれ、見事リーグ優勝を成し遂げた。

FA宣言していた工藤公康や江藤智を獲得した2000年の優勝決定試合では、江藤の満塁本塁打で同点に追いつき、直後の二岡智宏がサヨナラ本塁打で、リーグ優勝を決めるという劇的な幕切れでファンの度肝を抜いた。
また、20世紀最後の日本シリーズの相手は、王貞治監督率いる福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンク・ホークス)との「ONシリーズ」ということで、全国的に盛り上がった年でもあった。

2001年限りで長嶋茂雄監督が勇退し、巨人軍終身名誉監督に就任。
2002年に監督に就任した原辰徳監督は、新人監督1年目にしてセ・リーグ全球団から勝ち越す「完全優勝」を達成、日本シリーズでも西武ライオンズに対してに無傷の4連勝をし、20回目の日本一に輝いた。

2007年にはプロ野球史上初めてとなる球団通算5000勝、2軍もイースタンリーグ史上初の通算2000勝を達成した。 2009年は、原辰徳監督が2009ワールドベースボールクラシック日本代表監督に就任。ペナントレースは、1965年〜1973年のV9時代以来となる3年連続の33回目のセントラルリーグ優勝を決める。1981年の後楽園シリーズ以来となった北海道日本ハムファイターズとの日本選手権シリーズは、4勝2敗で勝利し、2002年以来、7年ぶり21回目の日本一を獲得した。

2012年は、3年ぶり34度目のリーグ優勝を達成。打者では阿部慎之助が首位打者、打点王の二冠、長野久義と坂本勇人が最多安打を獲得。投手では内海哲也が最多勝、杉内俊哉が最多奪三振、最高勝率の二冠を獲得。日本シリーズは4勝2敗で3年ぶり22度目の日本一を達成。アジアシリーズ2012では決勝戦で台湾のLamigoモンキーズに6対3で勝利し、初のアジア王者となった。これで交流戦、セ・リーグ、クライマックスシリーズ、日本シリーズ、アジアシリーズの全てで優勝し、日本プロ野球史上初の5冠を達成した。

2013年は、5月5日の東京ドームでの対広島戦の試合前に終身名誉監督の長嶋茂雄と巨人OBの松井秀喜の国民栄誉賞の授与式が行われている。ペナントレースは、開幕から球団タイ記録の7連勝。巨人の2年連続35度目のセ・リーグ優勝。楽天との日本シリーズでは第5戦までに2勝3敗で王手をかけられたものの、第6戦でシーズンから無敗の田中将大に、この年初の黒星をつけタイに持ち込むが、第7戦で敗れて3勝4敗で敗退した。

2014年、4月19日、キューバの国内リーグ「セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル」の中心選手であるフレデリク・セペダと契約。同時に球団はセリエ・ナシオナル・デ・ベイスボルとの友好関係を結ぶことを発表した。シーズン序盤より投打ともに勢いに乗りきれず、交流戦に入る段階では首位の広島とは4.5ゲーム差の3位だったが、交流戦ではソフトバンクと優勝を争い、交流戦の最終戦でのソフトバンクとの直接対決に勝利し、2年ぶりに優勝を達成。6月を11勝5敗とし、6月8日に首位に立つと以降は首位から陥落することはなかった。8月には13勝13敗で一時は2位の阪神と0.5ゲーム差となるが、9月に入り4日にはこの年初めて優勝へのマジックナンバー22が点灯、翌日に消滅したものの、11日には16で再点灯。20日の対ヤクルト戦に勝利し、クライマックスシリーズ進出を決め、優勝へのマジックナンバーを2とした9月26日の対DeNA戦に6対3で勝利し、マジック対象チームの広島が阪神に敗れたため、3年連続通算36度目のセ・リーグ優勝が決定した。2位の阪神とのCSファイナルステージではCS史上初の4連敗で敗退、日本シリーズ進出を逃してしまう。

2015年、前半戦を2位で通過。8月5日の対ヤクルト戦(神宮)において、公式戦通算10,000試合を達成。阪神、オリックス、中日に次いでプロ野球4球団目となった。10月2日にヤクルトの優勝が決定しレギュラーシーズンは2位で終えた。クライマックスシリーズのファーストステージは、シーズン3位の阪神と対戦、2勝1敗で勝利。そして迎えたシーズン1位のヤクルトとのファイナルステージに挑み、1勝4敗(アドバンテージ1敗含む)で敗退した。クライマックスシリーズ終了後、原監督は辞任を表明し、高橋由伸が新監督に就任することが決定した。

2016年、開幕3連戦(VSヤクルト)において3連勝スタートを切った。序盤は阪神・広島と首位争いを繰り広げるも巨人が一歩先を行く展開が続いていた、交流戦は五分で終えるも同時期に広島の快進撃が始まると、首位を奪われてしまう。8月24日に広島との直接対決で敗れたことでマジックを点灯させてしまい、9月10日の対広島戦で敗戦し広島のリーグ優勝が決まりシーズン2位で終えた。クライマックスシリーズでは、クライマックス初出場の3位・DeNAと対戦し、1勝2敗で1stステージで敗退した。
会社名 株式会社読売巨人軍
創設年度 1934年
本拠地 東京ドーム(1988年より)
所在地 東京都文京区後楽1-3−61
収容人員 45,600人
グラウンド面積 両翼 - 100m 中堅 - 122m 左右中間 - 110m
練習場 読売ジャイアンツ球場
優勝回数 45回

日本一(22回) リーグ優勝(45回)
1951 | 1952 | 1953 | 1955 | 1961 | 1963 | 1965 | 1966 | 1967 | 1968 | 1969 | 1970 | 1971 | 1972 | 1973 | 1981 | 1989 | 1994 | 2000 | 2002 | 2009 | 2012 1936秋 | 1937春 | 1938秋 | 1939 | 1940 | 1941 | 1942 | 1943 | 1949 | 1951 | 1952 | 1953 | 1955 | 1956 | 1957 | 1958 | 1959 | 1961 | 1963 | 1965 | 1966 | 1967 | 1968 | 1969 | 1970 | 1971 | 1972 | 1973 | 1976 | 1977 | 1981 | 1983 | 1987 | 1989 | 1990 | 1994 | 1996 | 2000 | 2002 | 2007 | 2008 | 2009 | 2012 | 2013 | 2014

通算成績 5783勝4088敗315分 勝率.586 (2016年シーズン終了時点)
永久欠番 1:王貞治 | 3:長嶋茂雄 | 4:黒沢俊夫 | 14:沢村栄治 | 16:川上哲治 | 34:金田正一
チームマスコット ジャビット、シスタージャビット
球団歌 「巨人軍の歌」「闘魂こめて」
監督 高橋 由伸 たかはし よしのぶ
背番号:24
ポジション:外野手
身長 / 体重:180cm / 87kg
生年月日:1975年4月3日
投打:右投左打
経歴:桐蔭学園高−慶応大−巨人(1998年〜)
タイトル:ベストナイン:(1999年、2007年)
ゴールデングラブ賞:(1998〜2003年、2007年)
月間MVP: (1999年4月、2000年8月、2001年8月、2003年6月、2007年6月)
セ・リーグ会長特別表彰(1998年)
オールスターゲームMVP:(2003年 第1戦)
東京ドームMVP:(1998年)
優秀JCB・MEP賞:(2003年)
主力選手 阿部 慎之助 あべ しんのすけ
背番号:10
ポジション:捕手
身長 / 体重:179cm / 95kg
生年月日:1979年3月20日
投打:右投左打
経歴:安田学園高−中大−巨人(2001〜)
タイトル:首位打者賞(2012年)、最多打点者賞(2012年)、ベストナイン賞(2002、2007、2008、2010年)、ゴールデングラブ賞(2002、2008年)
坂本 勇人 さかもと はやと
背番号:6
ポジション:内野手
身長 / 体重:184cm / 78kg
生年月日:1988年12月14日
投打:右投右打
経歴:光星学院高−巨人(2007年〜)
タイトル:最多安打(2012年)、ベストナイン(2009年)
菅野 智之 すがの ともゆき
背番号:19
ポジション:投手
身長 / 体重:186cm / 92kg
生年月日:1989年10月11日
投打:右投右打
経歴:東海大相模高-東海大-巨人(2013年〜)
タイトル:最優秀防御率(2014、2016年)、最優秀選手(2014年)、ベストナイン(2014年)、ゴールデングラブ賞(2016年)、最多奪三振(2016年)
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