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阪神タイガース
プロ野球球団でセントラル・リーグ球団の一つ。
読売ジャイアンツに次ぐ古い球団で、親会社は阪急阪神ホールディングス(阪神電気鉄道)西宮市甲子園町にある阪神甲子園球場を本拠地とし、2軍(ウエスタン・リーグ所属)本拠地は西宮市鳴尾浜にある鳴尾浜球場。

1934年に大日本東京野球倶楽部(現 読売ジャイアンツ)の親会社である読売新聞社が、数チームで職業野球リーグを結成したいと考えており、特に東京、大阪、名古屋の三大都市圏で試合を行うことを目指していた為、当時日本最大の球場であった甲子園球場を本拠地として、その誘いを受けた大阪地区の阪神電気鉄道が1935年に株式会社大阪野球倶楽部(大阪タイガース)を創立した。

1946年3月に球団名を「大阪タイガース」として再出発。
「タイガース」というニックネームは阪神電鉄社員の公募から採用された。

「ダイナマイト打線」と呼ばれたリーグ屈指の強打者を並べた打線は、戦後初、通算4度目の優勝を飾った。
特に、当時4番打者の藤村富美男は「物干し竿」と称された長いバットで本塁打を量産し、「ミスタータイガース」と呼ばれた。

1961年に球団名を「阪神タイガース」に変更し現在に至る。
翌年には2リーグ制に分かれた後の初のリーグ優勝を果たし、1964年には2度目のセ・リーグ優勝をするも、惜しくも日本一には届かなかった。

吉田義男監督が復帰した1985年、3番バース、4番掛布、5番岡田らのクリーンナップの強力打線の活躍で、3度目のリーグ優勝に輝き、続く日本シリーズでは西武ライオンズを下し悲願の日本一も達成した。

この年、4月17日に甲子園球場で行われた対巨人戦での「バックスクリーン3連発」は伝説である。
このクリーンナップトリオが豪快に連続ホームランを放った。
また、阪神史上初の三冠王に輝いたバースは日本シリーズでもMVPとなり、翌年も三冠王を獲得した。
このシーズンは最終的に219本塁打を記録し、2004年に読売ジャイアンツに破られるまでのセリーグ記録だった。

この阪神タイガース対読売ジャイアンツ(阪神巨人戦、巨人阪神戦)は、「伝統の一戦」と称され、双方の選手の意地と伝統がぶつかり合い、昔から注目カードとなっている見応えのある対戦である。

2002年に就任した星野仙一が監督は、活発なトレード等を行い手腕を発揮、翌年にはセリーグ史上最速となる、7月8日に優勝マジックを点灯させるという快進撃で、18年ぶりのセ・リーグ優勝を果たす。

2003年、開幕より快進撃を続け、優勝マジックをセ・リーグ史上最速となる7月8日に点灯させ、9月15日に18年ぶりのリーグ優勝を果たした。日本シリーズは福岡ダイエーホークスと対戦するが3勝4敗で敗れた。

2005年、JFKを筆頭とする強力中継ぎ・抑え陣で完全にカバーし、チーム防御率はリーグ1位となった。シーズン終了まで1度も首位の座を譲ることなくリーグ優勝を飾った。この時、下柳が規定投球回未到達ながら最多勝を獲得した。千葉ロッテマリーンズとの日本シリーズでは、0勝4敗で敗退。

2006年、最後まで中日との優勝争いを繰り広げ、シーズン終盤に9連勝したものの、今岡の不振、久保田の負傷などが響いて2位となった。2軍は、ファーム日本選手権でロッテに6対0で勝利し、日本一達成。

2008年、シーズン序盤から首位を独走し、5月6日の対巨人戦ではプロ野球史上2球団目の通算4500勝を達成し、更に7月8日時点で巨人に最大13ゲーム差をつけ、優勝マジックを点灯させたが、追い上げを見せた巨人に10月8日の直接対決最終戦で敗れ、巨人に13ゲーム差を逆転されて優勝を逃した。

2010年、城島、マートンなどの新加入選手を加え、新井、鳥谷、平野、ブラゼルなど主力の打棒が威力を発揮。8月には1試合22得点(球団記録更新)挙げるなど、1リーグ時代を除けば球団最高のチーム打率.290、3割打者と90打点以上も5人ずつという記録を残した。ペナントレースは、首位中日と1ゲーム差の2位。初めて甲子園で行われたクライマックスシリーズの第1ステージの対巨人戦は0勝2敗で敗退。

2012年、阪神球団設立以来初めてキャプテン制度を導入。野手に鳥谷敬、投手に藤川球児がそれぞれ就任したが、ペナントレースは5位に終わる。この年、城島健司と金本知憲が現役引退。オフには、藤川球児が海外FA権を行使し、メジャーリーグのシカゴ・カブスへ移籍。

2013年、8月31日に藤浪晋太郎が対広島戦(甲子園)で勝利投手となり、セ・リーグ史上5人目、1967年の江夏豊以来46年ぶりの高卒新人10勝を達成。開幕から巨人と首位争いをしていたが、6月2日に阪神が今季初の首位に立つものの、2位に終わるも3年ぶりにクライマックスシリーズ進出。広島とのCSファーストステージ(甲子園)は2連敗で敗退。桧山進次郎が引退。

また、本拠地の阪神甲子園球場は、1924年(大正13年)に完成し、この年が十二支の「甲(きのえ)、子(ね)」縁起の良い年周りという事から、球場名が「甲子園」と命名された。
高校野球の開催地である事から、高校野球児のあこがれの聖地でもあり、歴史と伝統の積み重なった球場の特徴は、内野スタンドを覆う大屋根。
「銀傘(ぎんさん)」と呼ばれ、グランドの音や観衆の声援がはね返り、甲子園球場でしか聞けない音響効果を醸し出す。

2014年、前年に続き巨人と広島との優勝争いとなり、8月には一時は首位の巨人と0.5ゲーム差となるが、9月以降に阪神が失速し、26日に巨人の優勝が決定するが、翌27日の対ヤクルト戦(甲子園)に勝利し、2年連続でクライマックスシリーズへの進出が決定し、10月6日に2年連続2位が決定した。マートンが首位打者、マウロ・ゴメスが打点王、メッセンジャーが最多勝と最多奪三振、呉昇桓が最多セーブを獲得するなど、NPB史上初めて1シーズン4人の外国人選手がタイトルを獲得。また福原忍の最優秀中継ぎ投手と合わせて、1シーズンで5人、6部門のタイトル獲得はそれぞれ球団タイ記録。広島とのCSファーストステージ(甲子園)は第2戦で延長12回表に0対0とした時点で2位の阪神の勝ち上がりが決定し、1勝1分で球団初のファイナルステージに進出。巨人とのファイナルステージ(東京ドーム)は、ファイナルステージ史上初の4連勝で、初めてCSを勝ち抜いての日本シリーズ進出となったが、福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズは1勝4敗で敗退した。

2015年は、前半戦は3位で折り返し、最終的に3位で終えた。クライマックスシリーズのファーストステージでシーズン2位の巨人と対戦し、結果1勝2敗で敗退した。

2016年は、前半戦を5位で折り返し最終的に4位で4年ぶりのBクラスで終えた。


阪神ファンは12球団のファンの中でも最も熱狂的な事で知られ、そのファンで大合唱される「阪神タイガースの歌」(通称「六甲颪」ろっこうおろし)は、1936年(昭和11年)に「大阪タイガースの歌」として作られたもので、現存する日本プロ野球団歌の中で最古のものである。

トラッキー(TO LUCKY)は 阪神タイガースのマスコットキャラクターで、「1985番」の背番号はトラッキーの誕生年に由来している。
会社名 株式会社阪神タイガーズ
創設年度 1935年
本拠地 阪神甲子園球場
所在地 兵庫県西宮市甲子園町1番82号
収容人員 47,808人
グラウンド面積 両翼 - 95m 中堅 - 118 m
左右中間 - 118 m
練習場 タイガーズ・デン
優勝回数 9回

日本一(1回) リーグ優勝(9回)
1985 1937秋 | 1938春 | 1944 |
1947 | 1962 | 1964 |
1985 | 2003 | 2005

通算成績 5110勝4796敗306分 勝率 .516 (2016年シーズン開始時点)
永久欠番 10:藤村富美男 | 11:村山実 | 23:吉田義男
チームマスコット トラッキー、ラッキー
球団歌 阪神タイガースの歌(通称「六甲おろし」)
監督 金本 知憲 かねもと ともあき
背番号:86
身長 / 体重:180cm / 86kg
生年月日:1968年4月3日
投打:右投右打
経歴:広陵高等学校−東北福祉大学−広島(1992〜2002年)-阪神(2003〜2012年)
監督:阪神(2016年〜)
タイトル:打点王(2004年)、MVP:1回(2005年)、ベストナイン(1995、2000、2001、2004、2005、2006、2008年)
主力選手 能見 篤史 のうみ あつし
背番号:14
ポジション:投手
身長 / 体重:180cm/73kg
出身:兵庫
生年月日:1979年5月28日
投打:左投左打
経歴:鳥取城北高−大阪ガス(2005年〜)
タイトル:最多奪三振(2012年)
鳥谷 敬 とりたに たかし
背番号:1
ポジション:内野手
身長 / 体重:180 cm / 77 kg
出身:東京
生年月日:1981年6月26日
投打:右投左打
経歴:聖望学園−早稲田大学−阪神タイガース (2004〜)
タイトル:最高出塁率(2011年)
ベストナイン(2008年、2010年、2011年、2013年)
ゴールデングラブ賞(2011年、2013年)
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